シリアのテル・ブラク遺跡は眼の偶像と貨幣の起源が興味深くて素晴らしい世界最古の都市だった

メソポタミア文明の世界最古の都市と見られるシリアのテル・ブラク遺跡は紀元前六千年頃から人々の小さな集落ができていたらしい。古代にはナガルと呼ばれていた場所で、二千年後の紀元前四千年頃に都市が生み出されたとされる。そしてミタンニ王国が栄える紀元前十六世紀から十三世紀頃まで隆盛を極めていたようなんだ。

丁度、テル・ブラク遺跡が人々の都市として小さな集落から拡大していたと考えられる紀元前四千年の後半から眼の神殿が建てられるようになった。数百体の眼の偶像が置かれていたのが名前の由来みたいで、とてもユニークな造形で引き付けられてしまった。

テル・ブラク遺跡の眼の偶像は興味深くて堪らないくらい芸術的だ


上に大きな目と下に小さな目が付いた眼の偶像

数百体の眼の偶像はどれも雪花石膏というアラバスターで作られていた。白が美しいと後世の美術工芸で珍重される材質の鉱物だったので、シリアのテル・ブラク遺跡は世界最古の都市として正しく先取りしていたといって良い。

二組の目が横にくっ付いて並んだ眼の偶像

眼の偶像は胴体に眼のような横並びの二つの円形か、または菱形の部分が必ずくっ付いている。一組だけのものや縦や横に二組が並んでいるものもある。

胸の辺りに波形の模様のある眼の偶像

見ていて、一体、何なんだと激しく訝らざるを得ない。テル・ブラク遺跡の歴史では同時期の集団墓地が発見されていて戦争と結び付きながら都市が形成されていた可能性が示唆されている。人々の殺し合いと共に眼の神殿が建てられて眼の偶像も作られたと考えると全ては《夢見られた救済》のために出現したのではないか。すると眼の偶像は心の目を表現しているわけで、非常に分かり易くなる。

目がくり貫かれて非常に強調された大きな眼の偶像と目がさほど強調されずに頭に乗っているだけのような小さな眼の偶像

眼の偶像のスタイルは胴体に付いた眼のような部分が完全に貫通したものもあってバランスも眼と呼ぶには大き過ぎて崩れたものもある。

頭と目が一つに捉えられていてかりに頭は目と別物だとすれば胴体に含まれたイメージを持っているのが共通点だろう。

人々は頭で考えるという認識を全く持ってなかったのではないか。文化が未発達で誰もが感じたままというか、およそ衝動的にしか生きられないために胴体と頭が区別されずに認識について目だけが突出して物事を知覚する能力として把握されたようだ。

眼の偶像のデザインから人間の動物性が伝わって来る。すなわち衝動的に生きるという感じたままの存在に近いような真実が色濃く反映しているわけだ。非常に面白いし、人々の無邪気な眼差しが詩を湛えた造形といって良い。

文字通り、眼の偶像は目のような部分に言葉を宿しているならばもはや大変なまでの感動を覚える他はない。生きる喜びが結集しているんだ。いい換えると世界への愛が溢れ返っている。動物との素晴らしい出会いと何一つ変わらない。現代では赤ちゃんと向き合うくらいしか人間からは受け取れないかも知れない汚れない魂の有り様が美しく美しく胸に迫る。

テル・ブラク遺跡はもう一つ興味深いのが貨幣の起源を示していた


実物の貨幣は銀が始まりで、メソポタミア文明から興ったと考えられている。秤を使って品物との量的に相等しい取り引きが銀で行われると楔形文字の碑銘に記されていたらしい。紀元前二千五百年頃だったけど、さらに使われる銀の重さがどれも一律化されて現代に続く貨幣の原型ができたわけだった。秤を使わなくても貨幣としての銀は重さが、全部、同じになっているから品物に対してどのくらい必要かが直ぐに計算できる。

発見済みの世界最古の貨幣は紀元前七世紀のリディア王国(現在のトルコの西部)のエレクトロン貨だった。銀だけではなくて金も入っているという合金のエレクトラム(自然界では金に銀が多ければ四割くらいまで混ざっている状態/山金が普通なんだ)を用いた貨幣らしい。幾つもの同じ重さで鋳造されて世の中に出回るようになった。

しかし貨幣としての銀の記録に先立って実現されていた経済活動がメソポタミア文明でもテル・ブラク遺跡に確認されているらしい。眼の神殿が建てられた頃なので、最初の秤を使った銀の記録よりも千年くらい古い。

によって物々交換が行われていた。イメージというか、経済活動のアイデアにおいて人類初の快挙が成し遂げられていたんだと驚いた。

様々な品物に対して一定量の麦や羊を支払うという物々交換の経済活動が成り立っている社会がテル・ブラク遺跡の眼の神殿の頃に含まれていた。

面白いのは眼の偶像と考え合わせられるのではないか。戦争によって《夢見られた救済》が人々に重視されていたはずだけれども麦や羊の物々交換によって殺し合いとは全く反対の結び付きもはっきり芽生えて来るように感じる。

必要な品物が手に入る。人生の有り難みも眼の神殿には込められていて皆で建てるならば個々の気持ちを支えていたのではないか。

現実に殺し合いで絶望している人々には無理だったけれども眼の神殿は結び付きで希望して初めて可能だったと想像されるんだ。

テル・ブラク遺跡の殆ど砂漠しでしかないような遠景

テル・ブラク遺跡は世界最古の都市といわれる。人々が新しく数多に集う生活の中で、神殿も特徴的に生み出されて如何にもユニークな眼の偶像が捧げられるに至ったようだ。

何もなければ何もないはずの絶望状態を引き起こす戦争に麦や羊の物々交換の経済が希望の光を注ぎ込んでいると考えたい気持ちがしてならない。

だからこそ目がただ視界だけではなくて心を思い起こさせるほどの眼の偶像が作り出されるのも人々の本音に相応しくて自然だったと理解できる。

シリアのテル・ブラク遺跡は本当に素晴らしい世界最古の都市だった


眼の偶像は芸術的に捉えると造形美から衝動的に生きる人々の無邪気な眼差しが堪らなく引き付けられる。

純心と何か。平和が望まれるかぎり、もはや清らかな世界、または人間の生き方を教えてくれる。一つの魂の問いかけを通して祈りの真実をかけがえもなく胸打たれるまで親身に覚え込ませるんだ。

社会では貨幣としての起源を示していて経済とは何かと改めて気付かされてしまう。

幸せだったに違いない、かつて人々は麦や羊の物々交換で必要な品物が手に入る度に。経済活動が当たり前だと足元を掬われ兼ねないし、有り難みが味わえなくなりそうだから勉強になる。誰かが誰かにたとえ対価を支払われても商品を渡して構わないという振る舞いは奇跡的だ。

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